世界中から注目されるネガティブエミッション技術

~カーボンニュートラル実現の切り札になる?~

目次

    カーボンニュートラルの実現に向け、太陽光発電などの自然エネルギーや電気自動車の導入などが盛んに議論されています。これらの技術は、省エネに代表されるように、放出される二酸化炭素を現在より減らし、その収支をゼロとすることを目指すゼロエミッション技術です。

    一方、近年では一歩進んで、大気中の二酸炭素を減らすネガティブエミッション技術の実用化が見据えられています。現状では技術開発や実証試験の段階ですが、欧米を中心に多くのベンチャー企業による研究開発が行われています。

    この原稿では、なぜネガティブエミッション技術が必要なのか、現在提案されている主要な技術の長所と短所、実現性を紹介し、これらの技術が温暖化の解決に向けた排出権取引の中でどのような役割を担うかを解説します。


    なぜネガティブエミッション技術が必要なのか?

    ネガティブエミッション技術は大気中の二酸化炭素を吸収・固定する技術です。近年この技術になぜ注目が集まるのでしょうか。その背景や、それを実現するための様々な技術を見ていきます。

    地球温暖化とネガティブエミッション技術

    大気中の二酸化炭素が産業革命以来増え続けていることは皆さんもご存じの通りです。図1は世界の年平均気温の変化を示していますが、2020年の気温は、産業革命が始まったとされる1700年代後半から100年後の1890年に比べて1℃程度高く、更なる気温上昇による様々な災害や生態系の異常が危惧されています。*1

    世界の年平均気温の変化のグラフ
    図1 世界の年平均気温の変化
    出所)気象庁「世界の年平均気温」 https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_wld.html


    地球上の炭素の貯蔵量や収支を図2に示します。

    炭素循環の模式図
    図2 炭素循環の模式図
    出所)気象庁「海洋の温室効果ガスの基礎知識」
    https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/shindan/sougou/html_vol2/1_4_vol2.html


    2からわかるように、現在の二酸化炭素は海洋や森林で吸収されるよりも人為起源での放出が多く供給過多の状況です。具体的には、年間で排出される炭素は80億トンで、そのうちの26億トンが陸上で、22億トンが海洋に吸収されます。その他の要因なども含めると正味で年間32億トンが大気中に残存し、二酸化炭素が増え続けています。*2

    地球温暖化を抑えるためには、いわゆる省エネにより、二酸化炭素の放出を減らす必要がありますが、その主要な放出源は、発電や輸送などであるため、容易に減らすことはできません。今後も世界の総人口が増え、エネルギー需要もさらに増加すると予想されます。

    そのためパリ協定で定められた「世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃以内に抑える努力を追求する」という長期目標を達成するのは、極めて厳しい状況です。*3

    特に1.5℃の努力目標は、さきほど示した図12020年において、すでに約1℃の気温上昇が起きていることからも大変困難と言わざるを得ません。*1

    そのため省エネや再生エネルギーの活用によって二酸化炭素の放出量を減らすだけでなく、大気中の二酸化炭素を収集・除去する必要性が指摘されています。このような二酸化炭素は大気中から隔離されるだけで、地球からなくなるわけではないため、二酸化炭素隔離と呼ばれ、それを実現するための技術がネガティブエミッション技術です。

    温暖化目標を達成するために今後必要となる二酸化炭素の隔離量は、2060年の時点で年間68億トンと現在の増加量の約2倍に相当します。*2,4


    さまざまなネガティブエミッション技術

    現在の地球温暖化の状況から、ネガティブエミッション技術が必要なのは明らかですが、その需要に応えられる技術は現状では確立されていません。様々な技術が提案され、国や企業が実用化に向けてしのぎを削っている状況です。

    1はネガティブエミッション技術の一覧です。

    ネガティブエミッション技術一覧
    表1 ネガティブエミッション技術
    出所)経済産業省「ネガティブエミッション技術について」p.5
    https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/green_innovation/pdf/007_03_02.pdf


    ネガティブエミッション技術は、(1)陸域での植物の光合成により吸収する方法、(2)プラントや岩石の粉砕などで化学的に吸収する方法、(3)海域で吸収する方法の3つに分類されます。*5

    さらに図3は各技術を削減コストや削減ポテンシャル(可能性)から比較したものです。

    ネガティブエミッション技術の比較
    図3 ネガティブエミッション技術の比較
    出所)経済産業省「ネガティブエミッション技術について」p.6
    https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/green_innovation/pdf/007_03_02.pdf


    3から、緑色の植林などの技術は、削減コストが小さいこと、一方で海洋アルカリ化などの技術は削減コストが高いものの、削減ポテンシャルが大きいことなどがわかります。*5

    ここでは主要なネガティブエミッション技術について、成熟度、拡張性、永続性、定量性、環境リスクなどから詳しく解説します。

    植林などによる方法

    よく知られる二酸化炭素の吸収方法に、植林などによる二酸化炭素除去があります。これらは、植生や土壌への二酸化炭素の流入を強めるか、植生や土壌から排出される炭素の流れを弱めることで、大気中の二酸化炭素量を減らす方法です。

    技術としての成熟度が高く、コストも安いのが特長で、1トンの二酸化炭素を固定するためのコストは28ドルと他の方法よりも低額です。しかしこの方法で必要な二酸化炭素を固定しようとすると、世界の耕作可能な土地に相当する面積が必要になります。農地と競合した場合には、食料コストを上昇させ食料安全保障にも影響を及ぼす可能性があります。

    したがって、コストや技術の成熟度の点で有望ですが、拡張性や永続性に限りがあります。また、植林は生物多様性に悪影響を及ぼす可能性もあります。加えて植物による二酸化炭素の吸収は定量化が難しいため、排出権をできるだけ多く販売したい業者が数値を大きめに報告するなど、その信頼性が疑問視されています。*5,6

    大気からの直接回収(DACCSDirect Air Carbon Capture and Storage

    DACCSは大気から二酸化炭素を直接吸収する技術です。図4のような設備で大気中の二酸化炭素を吸収し、固定して地中に埋設します。*5,7

    二酸化炭素の直接回収に用いる設備
    図4 直接回収に用いる設備
    出所)地球環境産業技術研究機構「脱炭素社会に向けた対策の考え方」p.10
    https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/green_innovation/pdf/gi_003_03_04.pdf


    大気中の二酸化炭素濃度は、窒素や酸素などと比較すると低濃度であるため、回収に多くのエネルギーとコストを必要とします。二酸化炭素1トンを固定するためのコストは172ドル程度と高額であるため、自然エネルギーで電力が供給できる地域に設置場所が限定されます。*5

    一方で、吸収量が正確に分かり、必要な土地面積が小さく、地下に二酸化炭素を隔離するために、半永久的に二酸化炭素を隔離できる点で優れています。*8

    バイオマス発電所などでの回収(BECCSBioenergy with Carbon Capture and Storage

    バイオマス発電に二酸化炭素の回収と貯蔵技術を組み合わせたものが、BECCSです。

    まず大気中の二酸化炭素をトウモロコシなどのバイオマスとして吸収・固定します。次にバイオマスをエネルギーとして水素の製造などを行い、その際に発生する二酸化炭素を回収する方法です。これらの二酸化炭素はさらに容器に加工されたり、地中などに貯蔵されたりします。*5

    5は苫小牧CCS実証試験センターの設備、図6はその外観です。*9

    北海道・苫小牧市のCCS実証試験の設備
    図5 北海道・苫小牧市のCCS実証試験の設備
    出所)資源エネルギー庁「CO2を回収して埋めるCCS、実証試験を経て、いよいよ実現も間近に」
    https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccs_tomakomai.html
    北海道・苫小牧市のCCS実証試験
    図6 北海道・苫小牧市のCCS実証試験
    出所)資源エネルギー庁「CO2を回収して埋めるCCS、実証試験を経て、いよいよ実現も間近に」
    https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccs_tomakomai.html


    このようにBECCSの設備は複雑ですが、持続可能なエネルギーの供給とネガティブエミッションの両立が図れる特長があります。

    大気中の二酸化炭素に比べて、プラントから発生する二酸化炭素は高濃度であるために、回収効率が高く技術的に確立されつつあります。2021年現在でも、年間100万トンの固定が行われ、苫小牧だけでなく、北米で複数の施設が稼働しています。

    一方で回収した二酸化炭素は、図6のように、地中深くの遮蔽層の下に圧送する必要があり、実施可能な場所は限られます。*9

    海洋隔離

    海洋を利用したネガティブエミッション技術は、大気中の二酸化炭素の海洋への取り込みを促進する方法です。海洋は図2に示したとおり、年間24億トンの炭素を吸収しており、炭素の巨大な貯蔵庫でもあります。海洋には大気圏の50倍、陸地の17倍の炭素が貯蔵されています。*2

    そのため大気からすべての炭素を回収して海に溶かしたとしても、海域の炭素は2%しか増加しません。このような海洋の特性を利用する方法が、海洋隔離によるネガティブエミッション技術です。

    この技術は、自然の海洋炭素吸収源を強化する方法と、電気反応により海水の二酸化炭素吸収量を高める方法に分けられます。

    1つめの自然の吸収力を高める方法は、陸上の植林と同様で、海草や植物プランクトンによるものです。海中の植物が二酸化炭素を吸収することで、海中の二酸化炭素濃度が減少し、海面からより多くの二酸化炭素が溶け込みます。これらはブルーカーボンと呼ばれ、そのコストは二酸化炭素1トンあたり72ドルと低コストであるため、海に囲まれる日本において期待されています。*5

    さらに近年では、大型藻類や海藻を培養し、それを海中深く沈める方法や、深海に沈めるという方法も模索されています。海底付近の酸素濃度は低いため分解が進まず、海洋の循環は最長で2000年とゆっくりなので長期間にわたり炭素を保持できます。*8,10

    2つめは、電気的に海水のアルカリ度を高めて、二酸化炭素の溶解度を強化する方法です。図7は模式図です。

    Ebb carbonが提案する海洋でのネガティブエミッション技術
    図7 Ebb carbonが提案する海洋でのネガティブエミッション技術
    出所)Ebb carbon「How it works」
    https://www.ebbcarbon.com/post/introducing-ebb-carbon-turning-the-tide-on-climate-change

    この図のように電位とイオン選択性膜の組み合わせで、海水を弱い塩酸と水酸化ナトリウムの溶液に分け、水酸化ナトリウムにより海域のアルカリ度を高め、副産物の塩酸を工業製品として販売します。この方法は低電圧で処理できるため、従来法の1.5倍から2倍のエネルギー効率があると考えられています。*8,11

    海洋でのネガティブエミッション技術には、陸上のような土地利用の制限はありませんが、他の技術と同様にコストの高さが実用化の障壁となっています。一方で、海域は体積が大きく、ポテンシャルが高いため仮にコストを下げることができればたいへん有望です。


    ビジネスとしての可能性

    2060年に必要とされる年間68億トンの二酸化炭素隔離を行う場合、1トンあたりの二酸化炭素排出権を6千円と仮定すると、その市場規模は年間約41兆円になります。日本の2022年度の国家予算は約110兆円ですから、その3割ほどに及ぶことがわかります。*4,12

    排出権の取引を国レベルで行うことを2国間クレジットと呼びますが、ネガティブエミッション技術を実用化し、他国に排出権を販売できれば、国際競争力の強化につながります。

    このようにネガティブエミッション技術の市場規模は大きいため、それを確立することは環境と経済の両方に重要な意味を持ちます。

    このような背景の中で、図8のような様々なベンチャー企業が、欧米を中心に起業され実用化を目指しています。*8

    二酸化炭素除去技術の開発企業
    図8 二酸化炭素除去技術の開発企業
    出所)Bloomberg「Scaling Cabon Removing ーA Climate Technology White Paperー」p.6
    https://assets.bbhub.io/professional/sites/24/Scaling-Carbon-Renewal-White-Paper.pdf

    二酸化炭素隔離技術と課題

    地球温暖化は、地球上の全ての人に影響を与える重要な課題であるため、その解決を可能にするネガティブエミッション技術にはたいへん強いニーズがあります。

    一方で、ようやく実証実験が行われるようになったところで、それぞれの方法には長短があり、他の技術と比べて抜きん出て有利といえるものは現在のところありません。さらにその取引についても評価方法が十分に確立されていないのが実情です。

    国立環境研究所が「1.5℃目標はおろか2℃目標を実現できる温室効果ガスの削減量に遠く及ばない」と指摘する通り、その達成は非常に困難です。この記事で示したようなネガティブエミッション技術のどれかが選ばれるのではなく、それら全ての技術について成熟度を高めて実用化し、それら全てを駆使して地球温暖化に対処することになるでしょう。*3

    可能性も必要性も明らかな一方で、技術的には未成熟と言わざるを得ませんが、その分ひとたび成功した場合に大きな社会貢献が期待できます。

    それぞれの技術は、学問分野から見れば、物理学、化学、生物学はもちろん、経済学や倫理学などを含むため、それぞれの分野の知見を持ち寄り協力して技術開発を行う必要があります。

    是非これまでに興味をもった学問の理解を深めて、温暖化を解決するためのネガティブエミッション技術の確立に役立ててみてはいかがでしょうか。


    参考文献

    *1
    出所)気象庁「世界の年平均気温」

    https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_wld.html

     

    *2
    出所)気象庁「海洋の温室効果ガスの基礎知識」

    https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/shindan/sougou/html_vol2/1_4_vol2.html

    *3
    出所)国立環境研究所「2℃目標、1.5℃目標の実現のために」

    https://www.nies.go.jp/kanko/news/38/38-3/38-3-02.html

     

    *4
    出所)地球環境産業技術研究機構「我が国の CCS 導入のあり方に係る調査事業」p.1
    https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2019FY/000145.pdf

    *5
    出所)経済産業省「ネガティブエミッション技術について」p.5,6,7,8,15,16

    https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/green_innovation/pdf/007_03_02.pdf


    *6
    出所)国立研究科学法人科学技術振興機構「バイオマスをCO2吸収源としたネガティブエミッション技術」p.2,28,139
    https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2021/RR/CRDS-FY2021-RR-05.pdf


    *7
    出所)地球環境産業技術研究機構「脱炭素社会に向けた対策の考え方」p.10

    https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/green_innovation/pdf/gi_003_03_04.pdf


    *8
    出所)Bloomberg「Scaling Cabon Removing -A Climate Technology White Paper-」p.6,10,29,36
    https://assets.bbhub.io/professional/sites/24/Scaling-Carbon-Renewal-White-Paper.pdf


    *9
    出所)資源エネルギー庁「CO2を回収して埋める「CCS」、実証試験を経て、いよいよ実現も間近に」

    https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccs_tomakomai.html


    *10
    出所)環境省「大気と水の循環ー海洋大循環ー」
    https://tenbou.nies.go.jp/learning/note/theme1_3.html


    *11
    出所)Ebb carbon「How it works」

    https://www.ebbcarbon.com/post/introducing-ebb-carbon-turning-the-tide-on-climate-change


    *12
    出所)新電力ネット「CO2排出量取引、価格の推移」

    https://pps-net.org/co2_price

    画像

    フリーライター

    鯉渕 幸生 Yukio Koibuchi

    Ph.D。米国標準技術研究所研究員、中央大学研究開発機構教授、Recora LLC 代表取締役CEOを兼務。沿岸環境の改善やそのためのドローンやロボットに関する研究開発に従事。ライターとしては、科学技術、環境問題、スタートアップ支援などのテーマで執筆している。

    前の記事

    一覧へ戻る

    次の記事