銀ナノ粒子導電性インクってなんナノ?

~仲間が少ないと原子だって寂しがる!? 低い温度で焼結するフシギ~

目次

    液体のなかにナノサイズの銀粒子を均一に分散させたインクである、「銀ナノ粒子導電インク」。このインクを用いて樹脂フィルムに配線パターンを直接描画し、150℃以下の温度で加熱することで電子回路の配線を作ることができます。でも、なぜ液体のなかに重い銀の粒子が浮いているのかなぜ"つぶつぶ"の銀ナノ粒子が僅か150℃以下の温度でソリッドな配線になるのか、不思議に思われませんか。今回、そうした疑問を解消すべく、独自の分散技術により銀ナノ粒子インクを開発したバンドー化学株式会社の岡村さんにお話しを伺いました。


    1.導電インク / 銀ナノ粒子とは

    岡村さん:突然ですが、電子回路をどのように作っているかご存じですか?
    B-angle編集部(以下編集部):配線板に回路を転写する方法を聞いたことがあります。

    岡村さん:そうですね。従来は、配線板に回路を転写し、不要部分をエッチングで除去するフォトリソグラフィと呼ばれる製法で作られていました。最近ではインクジェット印刷やスクリーン印刷など、基盤に回路を直接パターニングする手法が検討されています。その技術に欠かせないのが、導電インクです。

    編集部:その導電インクについて、もう少し教えてください。

    岡村さん:導電インクと一言でいっても、使用する導電材料とこれを溶解または分散させるための溶媒の組合せによって様々な種類があります。今回取り上げるのは、銀をナノレベルにまで小さくして水やアルコールのような溶媒に均一に分散させた銀ナノ粒子インクです。溶媒には有機溶剤が使用されることが多いのですが、当社では、作業環境や自然環境への負荷をできるだけ低くするために水を溶媒とした銀ナノ粒子インクもラインナップしています。

    導電インクには様々な用途がありますが、近年ではプリンテッドエレクトロニクス分野での利用が注目されています。パターニング(配線描画)された導電インクを150℃以下の低温で加熱することにより、また場合によっては室温下において、銀ナノ粒子同士が焼結して銀塊と同レベルの導電性を示す配線パターンを形成するため、耐熱性の低いプラスチック基材上にも電子回路を作製することができます。

    編集部:ナノ粒子を形作る銀にはどんな特徴があるのですか?

    岡村さん:銀は元素記号Agであらわされる遷移金属であり貴金属の一種です。比重は10.49で、アルミニウム(比重2.70)や鉄(比重7.87)よりも重い金属です。延性や展性に富み、可視光線の反射率が高く、熱伝導率が高いなど様々な特徴を有していますが、特筆すべき特徴の一つとして電気伝導率の高さを挙げることができ、総ての金属のなかでもっとも高い電気伝導率を誇ります。この銀をナノサイズにまで小さくした粒子を銀ナノ粒子と呼んでいます。

    編集部:今更ですが、ナノ粒子のナノってどういう意味ですか?

    岡村さん:ナノとは、10-9(10億分の1)を意味するSI単位系の接頭語です。したがって、ナノ粒子(ナノりゅうし、Nanoparticle)とは、100ナノメートル以下の大きさの粒子のことをいい、インフルエンザウイルスと同じかそれ以下のサイズの非常に小さな粒子です。

    編集部:銀がすごく重い金属であることはわかりましたが、 なぜ水中に沈んでしまわないのでしょうか?

    岡村さん:そうですね。水の比重は1ですから、同体積ならば銀は水よりも10倍以上重いことになり、すぐに水中に沈んでしまいそうですよね。ですから、銀ナノ粒子にとって浮き輪や浮き袋の役割を果たす構造と量の"安定化剤"をくっつけているんです。これによって銀ナノ粒子は長期間に渡り水中にぷかぷかと漂うことができるのです。安定化剤についてはのちほど詳しく説明しますね。

       
     

    2.仲間が少ないと原子だって寂しがる!? 低い温度で焼結するフシギ

    編集部:銀の融点が961.8℃であることを考えると、インクの中の銀ナノ粒子が150℃以下、場合によっては室温程度で焼結するなんて、とても不思議な感じがします。

    岡村さん:実は、ナノサイズの粒径をもつ銀粒子は、銀塊の融点よりはるかに低い温度で焼結するという性質があります。銀は数十ナノメートル程度の粒子サイズであれば室温程度の温度で一体化する性質を本質的に持っているものなんですよ。

    編集部:えっ?そうなんですか?

    岡村さん:銀塊は隣接する銀原子同士が手を繋ぐことで形成されています。したがって、銀塊の内部にある銀原子はこれと接触する総ての隣接銀原子と手をつなぐことができます。一方、銀塊の表面にある銀原子は、銀塊の内部にある原子とは手をつなぐことができるものの、表面より外側(空気面)には銀原子が存在しないため、手をつなぐことができません。ある程度大きな塊であれば、銀塊の表面に存在する銀原子の数は、銀塊の内部に存在する銀原子の数よりも圧倒的に少ないため問題ありませんが、ナノ粒子サイズにまで小さくなると、下図のように表面に占める銀原子の割合が大きくなります。すなわち、満足に手をつなぐことのできない銀原子の相対数が増えることになります。

    銀ナノ粒子の量子サイズ効果のイラスト
    数nmから数十nmの粒子サイズをもつ銀ナノ粒子は、バルク銀の固有の融点よりはるかに低い温度で焼結して一体化するという性質を本質的に持っている

    岡村さん:銀ナノ粒子はこの状態をとても不安に思っているので、周りに分散している粒子となにがなんでも手を繋ごうとするんです。この現象は量子サイズ効果(久保効果)によって説明されています。

    編集部:なるほど。つまり銀ナノ粒子をそのまま放っておくと、勝手に焼結が進んでしまうんですね。......あれ? じゃあインクにするためにせっかくナノサイズの銀粒子を作製したのに、ナノサイズになった途端にどんどん周りの銀粒子と手をつないで銀塊になっていく、ということになりませんか?

    岡村さん:そのとおりです。一度銀ナノ粒子同士が焼結して銀塊ができると、二度と元の銀ナノ粒子には戻らないため、インクとして使用できなくなります。だから、銀ナノ粒子インクを製造してからこれが使用されるまでの期間、銀ナノ粒子が溶媒中に安定分散した状態を保つ必要があります。

    編集部: 使うまでの間は銀ナノ粒子のままで安定させる、でも使う時はすみやかに焼結させる、といった風に銀ナノ粒子の焼結のタイミングをコントロールするのですね。

     
     

    3.銀ナノ粒子と分散媒の月下氷人! 何役もこなす"安定化剤"の働き

    編集部:でも、どうやって焼結のタイミングをコントロールしているんでしょうか?

    岡村さん:先ほど銀ナノ粒子に浮き輪となる"安定化剤"をくっつけて水中にぷかぷかと漂わせていると言いましたが、この安定化剤が焼結のタイミングもコントロールしています。

    編集部:安定化剤とはどのようなものですか?

    岡村さん:銀ナノ粒子の生成やナノ粒子の分散媒中での分散安定化のために必要な成分ですが、この安定化剤が銀ナノ粒子表面に吸着することで銀ナノ粒子同士の直接接触を妨げ、意図しない焼結を防止しているのです。

    編集部:この安定化剤が銀ナノ粒子の表面にくっついてくれるおかげで焼結せずにナノサイズのままでいられるのですね。しかし、安定化剤がいる限り焼結しないということは、いざ焼結したい時はどうすればよいのでしょうか?

    岡村さん:たしかに、安定化剤がないとインクとして成立しませんが、かといって安定化剤が銀ナノ粒子から離れてくれないと今度は焼結できませんよね。焼結する際には銀ナノ粒子から安定化剤を外さなければなりませんが、どうやって外すかというと、熱を加えて外しているんです。安定化剤は銀ナノ粒子と強固に化学結合しておらず、銀ナノ粒子の表面に物理吸着しているだけなので、ちょっと熱エネルギーを加えるとこの表面から安定化剤は離れ、銀ナノ粒子同士の焼結が始まります。熱エネルギーが大きければ大きいほど安定化剤は銀ナノ粒子から離れやすくなります。

    編集部:おお~!安定化剤は導電インクになくてはならない存在なんですね。  

    岡村さん:安定化剤の構造や吸着量をコントロールすることによって分散媒の種類や銀ナノ粒子の焼結温度を変化させることができるので、この部分に多くのノウハウを詰め込んでおり、目的や用途に応じた銀ナノ粒子導電インクをつくることができます。


    4.まとめ

    編集部:これまで「重い銀が液体の中に浮いていたり、融点より低い温度で焼結したりするなんて不思議だなあ」とずっと思っていました。でも低温焼結はナノサイズの銀粒子の本質的な特性であって、その特性を上手く利用して焼結のタイミングをコントロールする役割や分散媒中に長期間に渡り銀ナノ粒子をぷかぷかと漂わせる役割など、複数の役割を担う安定化剤の設計が必要不可欠だったんですね。この導電インクについて今後やりたいことがあれば教えてください。

    岡村さん:今はさらさらのインクですが、それをもう少し粘度の高いペーストにしてみたり、別の金属からなるナノ粒子を使ってみたり、といったことを考えています。あとは、ナノ粒子を綺麗に並べると構造色が出せるので、退色しない色材として使用してみるのも面白いと思います。導電性以外にも特長のある材料に育てていきたいですね。

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    執筆・取材

    B-angle編集部 B-angle Editorial Desk

    B-angle編集部です。ギジュツに関わるテーマをできるだけ分かりやすくお伝えできるよう日々精進しています。

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