デキる技術者になるための 実験における予測・仮説の立て方

~データを味方にする思考方法とは~

目次

    上司に「実験のデータとっといて」と言われたので計測して提出したところ「欲しかったデータではない」と言われてしまった......データを取ろうにも学生時代の研究分野と違っていて右も左も分からない......そんな悩みを抱える新人のAさん。データに泣き、データに笑って日々奮闘する新人技術者の悩みに、謎の人物が切り込みます!


    技術者は「実験データに泣き、実験データで笑う」

    会社のデスクで頭を抱えている新人技術者Aさん。

    Aさん「はぁ~、またデータの取り直しだ......」

    上司からとある実験を任されたAさんは、実験データの処理に悩んでいました。頼まれていた実験はAさんの学生時代の研究分野とは違っており、右も左も分かりません。

    とはいえ、引き受けた以上そう簡単に「できません」とは言えないし、「そんなことも知らないの?」と怒られそう......。そう考えたAさんは見様見真似でデータを取ってみたものの、上司からは「こういうデータが欲しかったんじゃないんだよね......。Aさん、良い機会だから本来どんなデータが必要だったか一度考えてみてくれる?」と言われてしまいました。

    Aさん「誰かコツを教えてくれ~!」

    ??「話は聞かせてもらった!」

    Aさん「え、誰!?」

    センパイ「ただの通りすがりの技術者さ......。困っている声を聞いて放っておけなくてね。まぁ気軽に"センパイ"とでも呼んでくれたまえ」

    Aさん「(この人どこから入ってきたんだろう......)」

    センパイ「Aさんは"実験をすること"自体が目的になってないかな?」

    Aさん「違うんですか? だって"データを取ってね"ってお願いされたし......」

    センパイ「その考え方のままだと、データに振り回されている今の状況からの脱却は難しいかもしれないね」

    デキる技術者になるための実験における予測・仮説の立て方01.jpg

    実験で出てきたデータに泣くこともあれば、逆にデータに救われることもある技術者たち。切っても切れない関係であるデータに振り回されない、デキる技術者になるためにはどうすればいいのでしょうか。


    実験での苦い失敗談

    センパイ「かく言う私も昔はバリバリの技術者でね......若い頃は君と同じようにずいぶんと苦労したものだ」

    Aさん「へ~そうなんですか。じゃあコツを教えてくださいよ」

    センパイ「いきなり答えを教えても身にならないと思うから、私の失敗をもとに教えてあげよう」

    Aさん「え......早くオチを教えて......」

    若かりし頃のセンパイは上司から計測実験を依頼されました。実験機に計測器を取りつけて所定の時間稼働させ、データを計測する一日仕事です。センパイはさっそく実験を開始し、その日の業務を終了させました。翌日、計測データを確認しようと思いPCを立ち上げるも、なんとどこにも計測データが入っていません。実は、実験結果のアウトプットの設定を間違えており、そもそもPCに実験結果が入力できていなかったのです。

    センパイ「慌てて実験棟に走って行って機械を再度セッティングしたよ。あの時は結局三日近くかかってしまったなあ」

    その苦い失敗から暫く経ったあと、また上司から計測実験の依頼が。センパイは同じ轍は踏むまいと意気込み、機械のセッティングを行って実験を完了させたあと、実験データがしっかりPCに取り込まれていることを確認しました。

    Aさん「これならなんの問題もなさそうですね」

    センパイ「Aさんもそう思うだろう?当時の私もそう思っていたよ。ところがここには大きな落とし穴があってね......」

    無事に計測データを取り終えた翌日、さっそく上司に提出するべくデータの取り纏めにかかります。ところがどうにも波形がおかしく、データの整合性が取れていません。元のデータを何度参照しても、有効なグラフにならないのです。

    センパイ「使うセンサの分解能と計測したい周波数が全然合っていなかったからなんだよ。前回の失敗で学んだつもりだったけど、結局実験のやり直しになったので時間がとてもかかってしまったんだ」

    Aさん「たしかに、ただデータを取るだけじゃなくて、それがちゃんと有効なものじゃないと意味がないですよね......」


    デキる技術者の思考方法 ~予測・仮説の重要性~

    センパイ「データが取れているかどうかはその場で確認できる。でも、そのデータが辻褄の合うものかどうかなんてその場で判断できないじゃないか、と思ってね。そこで私は、実験を行う前に、一度踏みとどまって考えてみることにしたんだ。相手が欲しいデータとは一体なんなのだろう?この実験でなにが起こるのだろう?どんなデータが出てくれば正解なのだろう?とね」

    センパイは三度目の計測依頼の際に、まず、その実験を依頼された背景から上司がどんなデータを欲しがっているのか想像してみました。また、実際に自分がセッティングした実験機からどのようなデータが取れそうか仮説を立てました。そしてその実験の方向性と仮説が間違っていないかを上司に確認したのです。

    センパイ「上司に相談するときは"そんなことも知らないのか"って叱責されるんじゃないかと思ってとても緊張したよ。でも、ただ『どうしたらいいですか?』と聞くのではなく、自分なりに筋道立てて考えたことを説明した上で疑問点をぶつけてみたら、とても真摯に対応してくれたんだ。結局のところ私が立てた仮説は間違っていたんだけど、相談したおかげで実験の方針を修正できたし、仮説を立てるにあたって分からなかった点をかなり整理できた」

    Aさん「上司がどんなデータを欲しがってるかなんて考えたことなかった......多分こういう感じで実験すればいいだろうって決めつけてました。同じ測定機器を使う実験だったとしても、どんなデータを取りたいのか次第で実験後のデータ処理も全然違ってきますよね。上司から"欲しかったデータはこれじゃない"って言われたのも、これが原因だったのかな......」

    デキる技術者になるための実験における予測・仮説の立て方02


    上司の協力のもと実験方針を固めたセンパイ。実験機をセッティングして計測し、ある程度の時間を回してから一旦実測データを確認。予想していたものと大きく乖離がないことを確かめた上で、実験を完了させました。

    センパイ「実験前に仮説を立てること自体は時間のかかることだけど、そのおかげで、予想せずに実験した時と比べて最終的に半分くらいの時間で実験を終えることができたんだ。実験にいかに速く取り掛かるかが全てだ!と思っていたけど、仮説を立てることも同じくらい重要だったんだよね。それに、場合によっては何千時間という非常に長い時間機械を動かすような実験もあるから、そういう実験だとなおのこと事前の予測が重要になってくる」

    Aさん「長時間機械を回すような実験でデータの取り直しが発生したらあっという間に数カ月以上経っちゃいますもんね」


    実験における予測の立て方

    Aさん「予測した方が速いってことは分かりましたけど、でもその予測の仕方が分からなくて今こうして困ってるんですよ」

    センパイ「う~む、どのような実験や計測を行うかは分野によって大きく異なるから全ての例に当てはまる訳じゃないけど......Aさんの実験なら参考になるかもしれないね。私が実験の仮説を立てる時の順番は下記の通りだ!」

    【実験における予測の手順】

    ①この実験は何が目的か?

    ②実験を行うにあたり、どの計測器が最適か?
    ーどんなデータが必要かによって、最適な計測器は全く違うものとなる。

    ③そのなかでも、最適な分解能を持つ計測器はどれか?
    ー高い分解能を持つ計測器が最適とは限らない。必要以上に高い分解能の計測器を使うことによって不要な手間が増える可能性もある。

    ④選定した計測機器に、「なに」を「どこ」に「どう」取り付けるべきか?治具は必要か?
    ー実験の条件や環境はしっかり理由付けを行い、記録する。仮説が合っていて、かつ計測機器の選定が合っていたとしても、実験方法が間違っていると全く違う結果となったり、有効なデータが取れなかったりしてしまう。

    ⑤セッティングした機器を回すことによってどんなデータが出てくるか?サンプリングタイムはどう設定するべきか?
    ー実験によって得られるデータを予測し、実験の目的に合致しているか確認する。

    デキる技術者になるための実験における予測・仮説の立て方03


    センパイ「こうやって順序だてて予測していくと自分の考えの整理にもなるし、他の人に相談する時にも便利なんだ。どこが合っていて、逆にどこが間違っているのか、すぐに気づいてもらえるからね」

    Aさん「今やってる実験もこの手順で予測を立ててみようかな......でも研究室時代にやっていた分野と全然違うから、予測が全部外れてたらと思うと恥ずかしいんですよね。それに、まずは自分一人でやってみないと......とか思っちゃうんです」

    センパイ「Aさん、『誰かを頼る』というのも技術者に必要なスキルの一つだよ。最初はたくさん間違ってもいいから、大事なのはまず順序だてて予測してみること! そうすることで、失敗したとしても、仮説が間違っていたからなのか、実験方法が間違っていたからなのか、それとも全く別の要因なのか、すぐに考察できて知識がどんどん蓄積される。そして正確に処理できる能力が徐々に身に着いて、予測の精度もどんどん上がっていく。この積み重ねが君の財産になるんだ」

    センパイ「それに、予測に慣れてくると、今度は依頼をこなすだけでなく自身で提案することもできるようになる。たとえば、依頼された実験に対して自分なりに考えてみたら、指定された実験機ではうまくデータが取れないのでは?と予想できたりする。そんな時に、ただ言われたとおりにやるのではなくて、自ら代替案を提案できたら素晴らしいことだと思わないかい?」

    Aさん「自分で提案する、かぁ......たしかに憧れますけど、それで失敗したらと思うとプレッシャーを感じますね」

    センパイ「たしかに、提案した案件を自分で進めると、プレッシャーや周囲とのギャップ、孤独感に悩まされることがある。失敗した時は特にね。くわえて、自分から提案できるようになるということは、自分に仕事が集まってくることに繋がるので"どうして自分だけこんなに忙しいんだ......"としんどくなる時もある。でも、その分経験も情報も得られるし、その積み重ねが十年後には大きな差になるはずだよ。適切な負荷をかけることで前よりも成長できる、筋トレと一緒だね!」


    まとめ

    Aさん「これまでは、実験をすること自体が目的になってしまっていたような気がします。でもそうではなくて、実験を通して何を明らかにしたいのか?を考えるべきだったんですね。まずは間違っていてもいいから予測を立ててみます!」

    センパイ「仮説と予測はこの世の中で起こる全ての事に有効な考え方で、一つ二つ失敗しても将来の自分を必ず助けることになる。仮説・予測を立てることでデータを味方につけ、自信に繋げていこう!」

    Aさん「よーし頑張るぞ!......ところであなた何者?」


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    執筆・取材

    B-angle編集部 B-angle Editorial Desk

    B-angle編集部です。ギジュツに関わるテーマをできるだけ分かりやすくお伝えできるよう日々精進しています。

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