洞窟壁画から古代の人々のDNAの採集に成功 絵がない壁からもDNAを検出
洞窟壁画を描いたのは誰?壁に残された古代人のDNAから作者の手掛かりを探る
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古代の人々も芸術作品を作っていたことは洞窟壁画が証明していますが、洞窟壁画を描いたのはどの人類であるのか、正確には分かっていないものもたくさんあります。地層に埋もれた他の遺物とは異なり、洞窟壁画は直接的に作者を特定する手掛かりが乏しいためです。
国際研究「ファースト・アート・プロジェクト」は、この困難に挑戦した研究結果を発表しました。イベリア半島にある洞窟を調査し、壁から古代の人々に由来するDNAを検出することに成功しました。驚くべきことに、事前に予想されていた洞窟壁画の顔料が付着した壁だけでなく、顔料が付着していない壁からもDNAの検出に成功しています。
今回の分析結果からは、洞窟壁画の作者の情報は部分的にしか分かりません。しかし、重要な成果であり、新たな研究領域を切り開いてくれる可能性があります。
洞窟壁画の作者は分からないことも多い

世界中の洞窟に残されている洞窟壁画は、数千年前・数万年前の人類が芸術活動を行っていたことを示す証拠です。しかし、人類史と芸術史を結びつけるに当たっては、作者がホモ・サピエンスなのか、それともネアンデルタール人などの他の人類なのかなど、どの人類が洞窟壁画を描いたのかを証明しなければ、正確な歴史を知ることはできません。このような作者の特定作業は、しばしば困難です。
同じ芸術作品でも、例えば骨を削りだして作ったものならば、作者を特定することが可能な場合があります。この遺物が埋まっている地層の中に、古代の人々のDNAも埋まっていることがあるためです。DNA分析技術の進歩は、従来は荒い推定に留まっていた作者の特定に貢献しています。
一方で、洞窟壁画は堆積物との直接的な結びつきがないため、堆積物からの推定は間接的なものに留まります。このため、特定の洞窟壁画に対し、それを描いたのが初期のホモ・サピエンスなのか、それともネアンデルタール人なのか、現在でも意見が割れているものがいくつもあります。
では、洞窟壁画から古代人のDNAを採集する方法はないのでしょうか? 古代人は壁や絵具に直接触れながら絵を描いたわけですから、そこにDNAが付着していてもおかしくはないはずです。特に、顔料を直接口に含んで吹き付けるような描き方をしていれば、唾液に含まれるDNAを多く含んでいることがあり得るでしょう。
とはいえ、古代の壁画に古いDNAが含まれているというのはあくまで予測であり、科学的に証明されたことはこれまでありませんでした。30年前の1996年に出版された論文では、3000年前から4000年前の岩絵から、顔料のバインダー (結合剤) として使われた有蹄類組織に由来するとみられるDNAが見つかったという報告がありますが、その後の研究では、この報告を裏付ける証拠は得られていません。
また、仮に壁から古代人のDNAが検出されたとしても、それは古代人が直接壁に触れた証拠とは言えません。堆積物や水など、DNAを運ぶ要素によって偶然にも付着した可能性があるためです。
洞窟壁画から古代人のDNAを検出 & 絵がない場所からも検出


トマール工科大学のHipólito Collado Giraldo氏が主導する国際研究「ファースト・アート・プロジェクト」は、最古の洞窟壁画を特定することを主目的としながら、様々な洞窟壁画の科学的分析を行っています。今回の論文は、古代人のDNAが洞窟の壁や壁画に残されているかどうかを調査しました。
今回の研究では、イベリア半島 (スペインとポルトガル) にある11の洞窟を調査しました。壁画については、計24枚から54サンプルが採集されています。この中には単純な図形や手形のようなものもあれば、世界遺産として有名なアルタミラ洞窟にある複雑な絵までが含まれています。また、堆積物、描くのに使われたとみられる骨製の道具も分析対象となりました。そして、顔料が付着していない壁を、DNA検出の比較対象として分析に加えることで、最終的にサンプル数は120となりました。
その結果、11ヶ所の洞窟のうち、エスコウラル洞窟 (Escoural Cave) とコヴァロン洞窟 (Covarón Cave) の2ヶ所で採取された、計5サンプルから、古代人のDNAを検出することができました。エスコウラル洞窟の1サンプルからは、顔料が付着した壁の破片からDNAが検出されています。一方で残り4サンプルは、顔料が付着していない壁からDNAが検出されました。

図4: 洞窟の壁および堆積物の分析結果。左側の5つが洞窟の壁のサンプルの中で、古代人のDNAが見つかったものです。一番左側の2つ、エスコウラル洞窟の顔料付きおよび顔料無しのサンプルには、それぞれヒトのDNAのみが含まれており、動物のDNAは含まれていません (左側中段の、黄色で100%埋まっているグラフ) 。 (Image Credit: Alba Bossoms Mesa, et al.)

図5: (a) 検出されたヒトDNAの分析結果。黒い丸と三角で示されたポイントはコヴァロン洞窟で検出されたDNAの分析結果を示しています。現代人を示す薄い灰色の点とは離れた位置にあり、古代人の集団である色付きの点の近くにあることが分かります。 (b) エスコウラル洞窟とコヴァロン洞窟で検出された5サンプルの性別の推定。1サンプルは男性、3サンプルは女性である可能性が高く、1サンプルは性別が特定できません。(Image Credit: Alba Bossoms Mesa, et al.)
特に、エスコウラル洞窟の3サンプルのうち、顔料が付着した壁のサンプルと、顔料が付着していない壁の2サンプルは重要な発見となりました。これらのサンプルからは、ヒトのDNAのみが検出され、動物のDNAは検出されませんでした。考古学的なサンプルからDNAを検出研究では、ヒトのDNAは動物のDNAと混ざった状態で見つかることがほとんどであり、これは洞窟壁画に限らず、考古学的にも稀な発見です。
堆積物や水と共にDNAが移動した場合、ヒトのDNAだけが付着しているという状況は考えにくいことです。つまり、エスコウラル洞窟で見つかったヒトのDNAは、古代人が活動を通じて付着したものである可能性が高いと考えられます。
この5サンプルは、イベリア半島に住んでいた初期のホモ・サピエンスと解釈しても矛盾しない遺伝子の特徴を示しており、洞窟壁画を描いた作者である可能性があります。また、5サンプルのうち3サンプルは主に女性、1サンプルは主に男性のものであることも分かりました。
しかし、これ以上のところははっきりと分からない部分があります。例えば、古代人のDNAがいつの時代に付着したのかは不明です。年代測定を行っていないため、例えばエスコウラル洞窟の2サンプルでさえ、同時期に付着したかどうかは不明であり、数千年・数万年の年代差がある可能性もあります。
今後の研究に繋がる重要な一歩
今回の研究結果は、洞窟壁画と古代人を結びつける分析には限界があることも示しています。まず、今回の研究では全部で24枚の洞窟壁画が調査されましたが、ヒトのDNAが見つかったのはそのうちの1枚、エスコウラル洞窟のものだけでした。これは、ヒトのDNAが環境変化で壊れやすく、残りにくいことを示唆しています。
一方で、コヴァロン洞窟の事例のように、洞窟壁画には関連していないサンプルや、現代人もほとんど立ち入っていない洞窟の奥でもヒトのDNAが検出されたことは興味深い発見です。どのような経緯でこれほど奥に立ち入って付着したのかについては、古代人の行動や生活に関する、考古学的な見解を変える可能性もありうるからです。
いずれにしても、今回の研究は手探りの中で行われた、初めてのケースであることは考慮しないといけません。特に今回は、貴重な洞窟壁画の破壊を最小限とするため、サンプルの採集は最小限に留まりました。現代のDNA分析技術はわずかなサンプルからもDNAを見つけることができますが、それでも検出する限界はあります。
今後の研究では、サンプルの採集方法を変更するか、分析手法を改良することによって、検出できる限界を引き上げることができるかもしれません。また、詳細な分析によって、人類の種類や性別だけでなく、個人を特定し、作者の顔を復元できる未来も訪れるかもしれません。
【参考文献】
● Alba Bossoms Mesa, et al. "Investigating ancient human DNA preservation on cave walls and in rock art". Nature Communications, 2026; 17, 5561. DOI: 10.1038/s41467-026-74234-2
● Alba Bossoms Mesa, Matthias Meyer & Sandra Jacob. (Jun 24, 2026) "Alte DNA an Höhlenwänden nachgewiesen". Max-Planck-Gesellschaft.

サイエンスライター
彩恵りり Rele Scie
「科学ライター兼Vtuber」として、最新の自然科学系の研究成果やその他の話題の解説記事を様々な場所で寄稿しています。得意分野は天文学ですが、自然科学ならばほぼノンジャンルで活動中です。B-angleでは、世界中の研究成果や興味深い内容の最新科学ニュースを解説します。


