恒星間天体「ATLAS彗星」の生まれ故郷は孤立した寒い環境? 半重水の濃度で推定
“宇宙の来訪者”が教えてくれる もうひとつの太陽系のつくり方
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太陽系以外の惑星系は、どのような環境でできたのでしょうか?太陽系の外に出ることができない人類にとって、その答えの手がかりを得るのは困難です。しかし、太陽系には時々、外からやってくる天体である「恒星間天体」が入り込む事があります。
ミシガン大学のLuis E. Salazar Manzano氏とTeresa Paneque-Carreño氏を筆頭著者とする研究チームは、観測史上3番目の恒星間天体である「ATLAS彗星 (3I/ATLAS)」を「ALMA (アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計)」で観測し、そこに含まれる「半重水 (Semiheavy water / HDO)」の濃度を測定し、ATLAS彗星の生まれ故郷の環境の推定を行いました。
その結果、ATLAS彗星は太陽系よりずっと冷たい環境で作られたことが推定されました。恐らく、ATLAS彗星を含んでいた惑星系は、星団のような恒星が密集した場所ではなく、孤立した場所で誕生した恒星の原始惑星系円盤に由来するようです。太陽系以外の惑星系の環境について、直接的な証拠を基にこのような考察ができるのは貴重な機会です。
同位体比率は環境を推定する化学的な "指紋"

水は最も身近な化学物質であり、宇宙でも水素と一酸化炭素に次いで3番目に豊富に存在する分子であると言われています。水は生命に欠かせない材料であると同時に、恒星や惑星が誕生する現場でも、塵を凝集させる冷却剤として機能すると考えられています。このため、宇宙において水がどのような状態で存在しているのかは、天文学において関心の的となっています。
ところで、一口に水と言っても、分子レベル・原子レベルで見ると違いがあります。これには「同位体」という概念が関与しています。原子の中心にある原子核を観察すると、同じ種類の元素に分類される原子同士であっても、原子核を作る粒子である中性子の数が異なる場合があります。元素の種類は原子核の陽子の数で決まるため、陽子の数は一緒でも、中性子の数が違う原子があることになります。これらの関係性を同位体と呼びます。
中性子の数が違うと、原子の重さに違いが出るため、化学反応や温度変化での固化・蒸発など、原子が動く過程での性質に影響を与えます。このため、それぞれの同位体の比率は、その物質が作られた環境によって変化することが知られています。逆に言えば、同位体の比率を厳密に測ることによって、その物質が作られた環境を知ることができます。この意味で、同位体比率は化学的な "指紋" と言えます。
同位体の組み合わせで考えられる水分子9通りのうち、最も重視されるのは「半重水」と呼ばれるものです。これは2つの水素原子と1つの酸素原子で構成される水分子のうち、1つの水素原子 (軽水素) を重水素原子に置き換えたものです。重水素は豊富に存在する同位体で、軽水素の2倍の重さがあるため、同位体による性質の変化が顕著に現れます。このため、半重水の濃度を調べることで、それを含む物質が受けてきた環境を知ることができます。
太陽系以外の惑星系環境を、外からの来訪者で推定

ここで話は少し変わります。太陽系には時々、外から天体が侵入してくることがあります。これを「恒星間天体」と呼びます。太陽系の外に探査機を送り込んだことのない人類にとって、恒星間天体は太陽系の外の様子を知ることができる貴重な天体です。
2025年7月2日、観測史上3番目の恒星間天体である「ATLAS彗星」が発見されました。ATLAS彗星は太陽系への突入速度が58km/sと推定されるなど、非常に特異な性質を持つことから、発見直後より注目が集まりました。
ATLAS彗星は、太陽系から遠く離れた場所で誕生したことが明確なだけでなく、誕生自体も30億年前から110億年前と相当古いことが推定されています。これは銀河系 (天の川銀河) の誕生から間もないころに形成された可能性もあることから、ある意味で銀河の "化石" とも言える存在です。そして様々な観測により、ATLAS彗星の化学組成は太陽系の彗星とはかなり異なることが示されているため、作られた場所に注目が集まっていました。
ミシガン大学のLuis E. Salazar Manzano氏とTeresa Paneque-Carreño氏を筆頭著者とする研究チームは、ATLAS彗星の半重水の濃度から、ATLAS彗星が誕生した場所の推定を行いました。
ATLAS彗星の水から半重水の濃度を正確に測るには、本体から水が大量に蒸発している時期が望ましいです。この条件を満たすのは太陽に最も近づいた時ですが、この時にATLAS彗星を観察しようとしても、明るすぎる太陽が視野に入るため、普通の光学望遠鏡では観測ができません。
今回、研究チームは、チリのアタカマ砂漠に設置された電波望遠鏡「ALMA」の観測データを利用しました。光学望遠鏡と異なり、電波望遠鏡は太陽が視野に入っても観測を行うことができます。このため、太陽に最も近づいてからわずか6日後というタイミングでATLAS彗星を観察することができます。
ただし観測手法の問題から、半重水は直接観測が可能なものの、普通の水の量を観測することができないという弱点があります。そこで、検出可能な別の分子であるメタノールの量や分子の運動速度、観測時点のATLAS彗星の表面温度などのパラメーターから、水の量を間接的に推定するという手法を構築し、モデル計算を行いました。
ATLAS彗星の生まれ故郷は寒くて孤立している?

観測データの分析の結果、ATLAS彗星に含まれる半重水の濃度が決定されました。その値は、地球の海水と比べて40倍、太陽系の彗星の30倍という大きなものでした。
ATLAS彗星のような天体は、恒星が生まれる現場において、原始星の周りを取り囲む原始惑星系円盤の中で作られます。そして過去の研究から、半重水が濃集するプロセスは、この原始惑星系円盤の内部温度の影響に非常に敏感であることが示されています。ATLAS彗星の半重水は、太陽系の彗星と比べて非常に濃いことから、ATLAS彗星の生まれ故郷は太陽系よりも低温で、恐らくは30K (-240℃)以下の 低温環境であったことが推定されます。
原始惑星系円盤は、中心にある原始星だけでなく、周りの恒星の放射によっても加熱されます。30Kより低温の環境というのは、原始惑星系円盤の周りにあまり恒星がないことを示唆しています。私たちの太陽系は、恒星が密集した星団内で誕生したという説があることを踏まえると、ATLAS彗星の生まれ故郷はかなり孤立していたことが示唆されます。
一応、太陽系が星団内で誕生したとする説には異論もあるものの、いずれにしてもATLAS彗星の生まれ故郷は、太陽系とは大幅に異なる環境であったことは間違いありません。Paneque-Carreño氏はこの点について「太陽系の誕生に繋がった条件は、宇宙で普遍的にあるものではないことを示す証拠となります。当たり前に聞こえるかもしれませんが、これは証明する必要がある事柄の1つです」と述べています。
実際、半重水の素となる重水素は、宇宙誕生直後のビッグバン元素合成の際に大量に作られたため、半重水が取り得る濃度にも制約があります。今回のATLAS彗星の研究は、太陽系以外の惑星系誕生について、その環境条件を制約する重要な手掛かりです。
【参考文献】
● Luis E. Salazar Manzano, Teresa Paneque-Carreño, et al. "Water D/H in 3I/ATLAS as a probe of formation conditions in another planetary system". Nature Astronomy, 2026. DOI: 10.1038/s41550-026-02850-5
● Nicolás Lira, Jill Malusky, Bárbara Ferreira & Seiichiro Naito. (Apr 23, 2026) "ALMA Reveals Interstellar Comet 3I/ATLAS Formed in a Far Colder World Than Our Own". Atacama Large Millimeter/submillimeter Array.
● Matt Davenport. (Apr 23, 2026) "The interstellar comet 3I/ATLAS was born somewhere much different from our solar system". University of Michigan.

サイエンスライター
彩恵りり Rele Scie
「科学ライター兼Vtuber」として、最新の自然科学系の研究成果やその他の話題の解説記事を様々な場所で寄稿しています。得意分野は天文学ですが、自然科学ならばほぼノンジャンルで活動中です。B-angleでは、世界中の研究成果や興味深い内容の最新科学ニュースを解説します。


