深海のゴカイはヒ素を硫化水素で無毒化する! "毒を以て毒を制す" 生態
ヒ素を含む物質を生体鉱物として体内に蓄え、共生細菌に頼らず自力で硫化水素に対処している初めての発見例
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「ヒ素 (As)」と「硫化水素 (H2S)」と言えば、どちらも猛毒として有名です。
深海の熱水噴出孔など、このような毒物が豊富にある環境は生物を容易に寄せ付けませんが、逆にうまく対応できた生物はこの環境に進出することができます。
中国科学院海洋研究所のHao Wang氏などの研究チームは、鮮やかな黄色の見た目を持つゴカイ類「マリアナイトエラゴカイ (Paralvinella hessleri)」について研究を行いました。
このゴカイの仲間は、体重の1%という驚異的なヒ素濃度を持つことで知られています。
分析の結果、マリアナイトエラゴカイの細胞内には、生体鉱物 (バイオミネラル) として、三硫化二ヒ素 (As2S3) の組成を持つ「雄黄 (Orpiment / 石黄 / オーピメント)」が豊富に含まれていることが分かりました。

雄黄の存在は、身体の色と異様なヒ素濃度の両方を説明します。ヒ素を含む物質が生体鉱物として存在することを示したのは今回が初めてです。
また、雄黄の生成には硫化水素も関与していることが分かりました。
生体鉱物の生成に硫化水素が関与している生物の発見は2例目であり、また共生細菌に頼らず自力で硫化水素に対処している初めての発見例でもあります。
猛毒に猛毒を合わせることで無毒化する様は、文字通り "毒を以て毒を制す" 生態を持っていることになります。
体重の1%ものヒ素を持つ「マリアナイトエラゴカイ」
生物は、時に驚くべき場所にも生息しています。
例えば、深海にある熱水噴出孔は、暗く水圧のかかる環境に加え、深海の冷たい水と噴出孔から湧き出る熱水の両極端な温度に晒されます。
このような環境に棲む生物は、熱水に含まれる無機物をエネルギー源とする細菌を基盤とした、地上にも負けない豊かな生態系を形成しています。
とはいえ、このような極限環境で生きていくのは簡単ではありません。
深海そのものも厳しい環境ですが、熱水噴出孔の近くでは、熱水に混ざる有毒物に対処しないといけないためです。熱水に高濃度に含まれている「ヒ素」はその典型例です。ヒ素の毒性の強さは化学形態によって様々ですが、熱水に含まれるヒ素の場合、毒性の強い無機ヒ素であることがほとんどです。
実際のところ、ヒ素はどの海水にも多かれ少なかれ含まれているものですが、光が届く浅海では、比較的毒性が弱い有機ヒ素 (アルセノベタイン) の状態となっていることがほとんどです。これは、光合成をおこなう植物プランクトンや藻類が、有毒な無機ヒ素を無毒化しているためです。
しかし、光の届かない深海ではこの反応はもちろん起こりません。
従って熱水噴出孔周辺では、自力でヒ素に対処しないといけなくなります。

ところで、熱水噴出孔には大小様々な生物が生息していますが、大型の生物としては「多毛綱 (Polychaeta / 多毛類 / ゴカイ類)」が数多く生息しています。
ゴカイと言えば釣りの餌として知っている方もいるでしょう。仮に知らなくとも、もう少し上位の環形動物門 (Annelida) まで辿れば、かなり遠い親戚関係となりますが、ミミズ・ヒル・ユムシなど、もう少し身近な生物が現れてきます。
ゴカイ類の大半は海にいますが、その生息域は汽水域から深海まで非常に多様であり、熱水噴出孔周辺では最も一般的な大型生物となっていることも珍しくありません。
また、並外れた重金属耐性を持つ種も複数報告されています。
そういった重金属耐性を持つ生物の中でも、太平洋の熱水噴出孔に生息するエラゴカイ科 (Alvinellidae) の仲間は、体内に高濃度のヒ素を蓄えていることが知られています。
しかし、どのようにしてヒ素を体内に蓄え、そして猛毒を蓄えているにも関わらず生きていけるのか。この謎はほとんど解明していませんでした。
特に、今回取り上げる「マリアナイトエラゴカイ」の体内ヒ素濃度は、他のエラゴカイ科と比較しても飛び抜けています。
マリアナイトエラゴカイは伊豆・小笠原弧や沖縄トラフなど、日本近海の熱水噴出孔にも生息しており、見た目には鮮やかな黄色をしています。
そして、体内に含まれるヒ素の濃度は、なんと体重の1%以上にも達します。
高度なヒ素耐性を持つ他の生物でも、せいぜい体重の0.6%程度ですから、桁違いに高濃度です。
「毒を以て毒を制す」生態を発見!
中国科学院海洋研究所のHao Wang氏などの研究チームは、異様にヒ素を含んでいるマリアナイトエラゴカイの謎に迫る研究を行いました。
今回の研究では沖縄トラフ伊平屋北海丘でマリアナイトエラゴカイを採集し、細胞の顕微鏡観察や遺伝情報の分析を行いました。

まず、マリアナイトエラゴカイの体内に含まれるヒ素の化学形態を調べたところ、その95%が水に溶けにくい亜ヒ酸塩 (As3+を含む化合物) の形態をしていることが分かりました。
そして、細胞を拡大して観察してみると、無数の黄色い粒が含まれていることも分かりました。
マリアナイトエラゴカイの全身が黄色い理由にもなっていますが、この黄色い粒は身体の表面だけでなく、消化管のような外側から見えない細胞にも大量に含まれています。

では、この黄色い粒の正体はなんでしょうか?
元素を調べてみると、ヒ素に加えて硫黄を含んでいることが分かりました。
鮮やかな色などの特徴や性質を考えると、この物質は三硫化二ヒ素の組成を持つ「雄黄」であると考えて間違いありません。雄黄は水に溶けにくい物質であり、他のヒ素化合物と比べれば毒性が低いため、雄黄の形で無毒化するのは合理的な戦略です。
雄黄は、主に火山活動の活発な場所で多く見つかる鉱物であり、その鮮やかな黄色から、顔料として使われていた時代もあります。
しかし、生息地である熱水噴出孔が火山活動に関連しているとはいえ、生物の細胞内に生体鉱物として雄黄が存在するとは驚きの発見です。
では、マリアナイトエラゴカイはどのようにして細胞内に雄黄を作り出しているのでしょうか?
全ゲノム解析やプロテオーム解析で生態を調べた結果、有毒なヒ素を輸送する「多剤耐性関連タンパク質 (MRP)」に加えて、細胞内に「ヘモグロビン」が豊富に含まれていることを明らかにしました。
ヘモグロビンと言えば血液で酸素を運ぶものというイメージが強いかと思いますが、血球以外の細胞内に含まれているケースもあり、そして酸素以外の分子も運搬します。
ここでWang氏らが注目したのは「硫化水素」です。
硫化水素は火山ガスの一般的な成分であり、やはり多くの生物にとって有害です。熱水噴出孔からも大量に噴出しているため、そこに生息する生物は硫化水素にも対処しないといけません。
Wang氏らは調査結果を元に、次のような無毒化のメカニズムを提唱しています。
熱水噴出孔に生息するマリアナイトエラゴカイは、高濃度のヒ素と硫化水素に日常的に晒されているため、細胞内にもヒ素と硫化水素が大量に取り込まれます。
ここで、多剤耐性関連タンパク質がヒ素を、細胞内ヘモグロビンが硫化水素を輸送します。すると、ヒ素と硫化水素はお互いに化学反応し、比較的無毒な雄黄に変換されることになります。
どちらも猛毒なヒ素と硫化水素を使い、比較的無毒な雄黄へ変換していることは、文字通り「毒を以て毒を制す」メカニズムがあることになります。

また、雄黄の形で体内のヒ素を無毒化する戦略は、マリアナイトエラゴカイがなぜ黄色なのかの理由も説明しています。
考えて見れば、光が届かない深海では、身体の色はほとんど意味を成しません。
深海生物のほとんどは、色素を失って白色か灰色になるか、血液の色が透けて見えるため赤色をしていますが、これは体色が無意味であることの現れであるとも言えます。唯一意味を成すのは、深海の暗闇に溶ける黒色くらいです。
浅海や地上などの光が届く世界では、黄色は一般的に毒を持つなどの警戒色と解釈されます。
しかしマリアナイトエラゴカイの場合、毒であるヒ素を蓄えていますが、警戒色としての黄色ではなさそうです。単にヒ素の無毒化の副産物として黄色くなっただけの、偶然の産物と考えられます。
様々な知見をもたらす発見
マリアナイトエラゴカイが文字通り毒を以て毒を制する生態を持っていることは、単に報告として面白いだけでなく、生物学的にもユニークです。
例えば、生体鉱物として無機ヒ素を作る生物の発見は今回が初めてです。また生体鉱物は、普通は骨・歯・貝殻のように硬組織を作るために利用されます。猛毒を無毒化する副産物として現れるのは、生体鉱物の基本から外れています。
また、硫化水素を処理して硫化物を生成する生物の報告も、かなり珍しい事例となります。
今回見つかったマリアナイトエラゴカイ以外では「ウロコフネタマガイ (Chrysomallon squamiferum / スケーリーフット)」が生成する硫化鉄の1例のみです。
そして違いもあります。
ウロコフネタマガイの場合、硫化水素の処理や硫化鉄の生成は、体内に共生している細菌の活動を利用しており、硫化鉄が生ずるのも細胞の外です。
しかしマリアナイトエラゴカイの場合、細胞の中に雄黄が見つかることから、どうやら自前で硫化水素を処理し、雄黄を作っているようです。この点はウロコフネタマガイとは異なります。
熱水噴出孔周辺では、マリアナイトエラゴカイほど極端ではないにしても、体内のヒ素濃度が高いエラゴカイ科が他にも見つかっています。マリアナイトエラゴカイで見つかった今回の無毒化メカニズムが、他のエラゴカイ科、あるいは全く異なる生物で見られても不思議ではありません。
今回の研究では、マリアナイトエラゴカイの「毒を以て毒を制す」生態について、まだ表面的なことしか分かっていません。
より詳細な生態が分かるには、更なる調査が必要になってきます。
【参考文献】
Hao Wang, et al. "A deep-sea hydrothermal vent worm detoxifies arsenic and sulfur by intracellular biomineralization of orpiment (As2S3)". PLOS Biology, 2025; 23 (8) e3003291. DOI: 1371/journal.pbio.3003291
(Aug 27, 2025) "The bright yellow worm that turns ocean poison into golden survival crystals". Science Daily.
海洋研究所. (Sep 16, 2025) "海洋所首次揭示深海热液动物"以毒攻毒"独特适应机制". 中国科学院沈阳分院.

サイエンスライター
彩恵りり Rele Scie
「科学ライター兼Vtuber」として、最新の自然科学系の研究成果やその他の話題の解説記事を様々な場所で寄稿しています。得意分野は天文学ですが、自然科学ならばほぼノンジャンルで活動中です。B-angleでは、世界中の研究成果や興味深い内容の最新科学ニュースを解説します。


