水は一定条件で「超酸」になる可能性あり メタンをダイヤモンドに変えられる?

惑星科学や化学工業に変化をもたらす可能性アリ

目次

    水は非常に身近な化学物質ですが、極端な高温高圧環境など、非日常的な環境で水がどのように振る舞うのかについては、未だに多くの謎があります。

    ソルボンヌ大学のThomas Thévenet氏などの研究チームは、様々な温度・圧力条件でシミュレーションを実行し、水がどのように振る舞うのかを調べました。

    その結果、かなりの高温高圧がかかる環境では、水は非常に強い酸である「超酸 (超強酸)」のような振る舞いをすることが分かりました。

    この環境は、天王星や海王星の内部ならば自然に存在するため、惑星科学的に重要な視点を提供します。また超酸は、普段発生しにくい化学反応を進めることができるため、化学工業にも改善をもたらす可能性があります。

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    「水」は身近だが分からないことだらけ

    「水」は最も身近な化学物質と言えますが、その性質にはまだまだ謎が多く、現在でも様々な新発見があります。

    特に、非日常的な環境での水の振る舞いについてはほとんど理解されていません。

    水は水素分子と一酸化炭素に次いで、宇宙で3番目に数が多い化学分子であると考えられています。

    このため水は、地球に限らず様々な天体に豊富に存在しています。特に太陽系内外の惑星の中には、極端な高温高圧環境に大量の水が存在する例がいくつもあります。

    このような環境での水の性質を正確に理解することは、惑星全体の環境を考察する上で重要となります。

    そして、「天王星」や「海王星」のような惑星の内部では、さらに注目される現象が起こっていると考えられています。

    天王星や海王星は、メタンやエタンのような炭化水素を豊富に含んでいます。

    炭化水素は高温高圧をかけるとダイヤモンドに変化することが知られているため、天王星や海王星の内部ではダイヤモンドが中心に向かって沈み込む "ダイヤモンドの雨" が生成されていると考えられています。

    そして近年、このダイヤモンドの生成に水が関与しているのではないかとする考えが提唱されています。

    水と炭化水素は、普通の環境では反応しにくい "水と油" の関係ですが、高温高圧環境では多段階の反応を経てダイヤモンドを生成する可能性があります。

    ただしその詳細はあまりよくわかっていません。


    水は高温高圧環境では「超酸」になる可能性が浮上!

    ソルボンヌ大学のThomas Thévenet氏などの研究チームは、高温高圧環境で水がどのように振る舞うのか、特に炭化水素とどのように相互作用するのかについて、純粋に量子力学のみを考慮してシミュレーションする「第一原理分子動力学法」を実行しました。

    現時点で、この研究は査読誌に掲載される前のプレプリントの状態です。

    高温高圧環境に置かれることで電離する様子
    図1: 今回のシミュレーション研究では、水は高温高圧環境に置かれることで電離し、超酸として振る舞うことが示されました。 (Image Credit: 彩恵りり (Public Domainの図を使用し作成) )


    様々な温度と圧力を仮定しシミュレーションを実行した結果、高温高圧環境で興味深い結果を得られました。

    それは、温度を3000K (約2700℃) 、圧力を22-69GPa (大気圧の22万倍から69万倍) の条件に置いた場合です。

    ご存知の通り、水はH2Oの組成ですが、高温高圧環境では水分子から水素イオン (H+) が電離して移動し、「ヒドロニウムイオン (H3O+)」や「水酸化物イオン (OH-)」の形を取りやすくなります。

    その割合は、シミュレーションの範囲内では最大27.7%に達します (水の電離は室温でも発生しますが、その割合は約0.0000002%とごくわずかです) 。またこの電離は、炭化水素を含まない純粋な水でも発生します。

    このような電離状態となった水は、もはやただの水ではなく、強力な酸である「超酸」の性質を示します。

    超酸化した水はメタンを酸化し、「メタニウムイオン (CH5+)」という不安定なイオンを生じさせます。このメタニウムイオンは水素分子 (H2) を放出し、さらに不安定な「メテニウムイオン (CH3+)」を生じます。

    メタニウムイオンやメテニウムイオンはとても不安定なため、周辺のメタンなどと反応し、エタンやブタン、さらに長い炭化水素分子を生じます。

    この反応は、水が超酸として振る舞う限り連鎖的に続くと考えられるため、最終的には立体的な炭素のネットワーク......すなわちナノサイズのダイヤモンドが生じると考えられます。

    見方を変えれば、これは高温高圧環境において炭化水素が凝縮する反応であるということができるでしょう。

    不安定なイオンを生成するイメージ
    図2: 超酸として振る舞う水は、メタンを酸化させ、不安定なイオンを生成します。このイオンが長い炭化水素を生成し、最終的にダイヤモンドが生成されると考えられます。 (Image Credit: Thomas Thévenet, et al. / プレプリント図3よりaをトリミング)


    メタンや炭化水素は、普通は強力な酸であっても反応しません。

    しかし今回のシミュレーション結果のような極端な高温高圧環境の場合、メタン分子の構造が歪むことで、弱い塩基性 (アルカリ性) を示すことが分かりました。これが超酸化した水と反応する理由であると考えられます。


    惑星科学や化学工業に影響も?

    今回の研究はあくまでシミュレーションに過ぎないものの、興味深い結果を示しています。

    今回のシミュレーションで仮定された高温高圧環境は、例えば天王星や海王星の内部では自然に発生しており、これらの惑星の内部では水も炭化水素も豊富にあります。

    元々、天王星や海王星の内部では、高温高圧により炭化水素がダイヤモンドへと変化し、惑星内部へと沈み込む "ダイヤモンドの雨" が生じていると考えられていました。

    ダイヤモンドの生成や落下は、熱の吸収や移動を伴うため、惑星全体の熱循環などを考える上で無視できない要素となります。しかし、ダイヤモンドの雨の仮説を検証した研究で、水の存在を仮定しているものはごくわずかに留まっていました。

    ダイヤモンドの雨
    図3: 天王星や海王星の内部では、炭化水素がダイヤモンドへと変化して中心部へと落下する "ダイヤモンドの雨" が生じていると考えられています。 (Image Credit: Greg Stewart & SLAC National Accelerator Laboratory)

    今回の研究は、惑星の内部では水が超酸となり、炭化水素をダイヤモンドに変化させる可能性を示唆しています。

    この点を踏まえると、天王星や海王星の内部でダイヤモンドの雨がどのくらい生じているのか、それが惑星全体の熱循環などにどの程度関与しているのか、より正確な理解に繋がるかもしれません。

    また、身近で安全性の高い化学物質である水が、特定の条件下では超酸として振る舞うという知見は、工業的な応用があるかもしれないという興味深い可能性を提示します。

    強力な酸は化学工業で必須の物質ですが、物質としての危険性や管理コストの高さ、生産・廃棄時に生じる有害物など、様々な課題があります。しかし水という極めて安全性の高い物質が超酸となるならば、様々な条件でブレイクスルーとなるでしょう。

    もちろん、今回示された高温高圧環境を、工業と言うマクロの状況で実現するのは厳しいものがあります。

    しかし例えば、別の物質と混合することで圧力を下げられるかもしれません。今後の研究次第では、このような "触媒" 的物質を見つけられる可能性があります。


    【参考文献】

    • Thomas Thévenet, et al. "Water is a superacid at extreme thermodynamic conditions". arXiv, 2025. arXiv:10849v1
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    サイエンスライター

    彩恵りり Rele Scie

    「科学ライター兼Vtuber」として、最新の自然科学系の研究成果やその他の話題の解説記事を様々な場所で寄稿しています。得意分野は天文学ですが、自然科学ならばほぼノンジャンルで活動中です。B-angleでは、世界中の研究成果や興味深い内容の最新科学ニュースを解説します。

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