月面走行から液体水素輸送まで 幅広い温度に対応可能な形状記憶合金を開発
月面走行から液体水素輸送まで
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「形状記憶合金」とは、一般的な金属材料と比較して、大きな変形を受けても元の形に戻りやすい「超弾性」の性質を持ちます。金属としての硬さに加えて、変形に強い性質に着目し、最近では天体表面を走行する探査車のタイヤなどへの使用が検討されています。
しかし、このような宇宙開発分野での使用には、低温から高温まで、300℃近い温度幅の変化に耐える軽量な材料である必要があります。このような性質を両立する形状記憶合金は、これまで開発されたことがありませんでした。

東北大学の宋雨鑫氏と許勝氏を筆頭著者とする研究グループは、-269℃から+127℃までの約400℃の温度幅で、7%を超える変形から元に戻る超弾性を示す、チタン・アルミニウム・クロムの形状記憶合金を開発しました。
従来の形状記憶合金と比較して、対応できる温度幅が5倍程度広がった上に、密度が約7割と小さいことなど、従来品と比べて大幅な優位性があります。
宇宙で使い勝手の良い「形状記憶合金」は中々ない
金属は、力が加わると壊れることなく変形する性質を持ちますが、一方で、変形が元に戻る限界(弾性変形)は0.5%程度と小さなものです。
この金属材料の大きな弱点を克服したものに「形状記憶合金」があります。
形状記憶合金と言えば、熱を加えると元の形に戻る形状記憶の性質が有名ですが、これとは別に、数%以上の変形から元に戻る「超弾性」の性質を持ちます。最も普及しているニッケル-チタン形状記憶合金は、約8%の変形からでも元の形に戻る超弾性を示します。
このようなチタンをベースとする形状記憶合金は、ベースとなるチタンが比較的安価な金属であり、柔軟性と耐食性が高い割に、密度が小さいことを特徴としています。また、チタンは人体に拒絶反応を起こさない生体適合性を持つことから、医療分野でも使われています。

そして近年では、チタンベースの形状記憶合金を宇宙開発分野でも利用できないかが検討されています。
例えば、月や火星のような地球外の天体表面を走行する探査車は、激しい寒暖差や鋭く尖った岩がある環境を走行するため、タイヤが深刻なダメージを受けます。探査車のタイヤに高い柔軟性と耐食性を持つチタンベースの形状記憶合金を使えば、このようなダメージを減らせるでしょう。また、宇宙に打ち上げる物体には厳しい重量制限が求められますが、密度の小さなチタンならばこの問題をクリアすることができます。
しかしこれまでの材料開発において、軽い上に超弾性の性質を持つ形状記憶合金の開発には成功していませんでした。
まず、チタンベースの合金が超弾性を示すには、一般的にニオブやジルコニウムという金属を配合しますが、これらは密度の高い金属であり、チタンの軽量さの利点を打ち消してしまいます。
また、超弾性を示すと言っても、それは3%未満の変形からしか復元しないため、形状記憶合金としては低い性能です。しかも、超弾性を示すのは室温付近においてであり、低温では性質が失われてしまいます。-100℃未満を示すことが珍しくない地球外において、低温で超弾性がなくなってしまうというのは致命的です。
約400℃の温度幅で超弾性を示す形状記憶合金を開発!
今回研究グループが着目したのは、チタンとアルミニウムをベースとする合金です。
チタン-アルミニウム合金は、密度が低い割に頑丈であり、広い温度幅でもその頑丈さを失わない性質があります。しかしこれまでの所、超弾性の性質を示すチタン-アルミニウム形状記憶合金は見つかっていませんでした。
研究グループは、チタン-アルミニウム合金の結晶構造に関する過去の研究データを参照すると、クロムを加えることでBCC相と呼ばれる結晶構造が現れることに気づきました。BCC相は、多くの形状記憶合金に共通する性質のため、必ず超弾性を示すことを保証するわけではないものの、その可能性があると考えられます。
そこで研究グループは、熱力学の理論に基づき、5%未満のクロムを加えたチタン-アルミニウム合金を高温で鋳造し、その後急速に冷却することで、形状記憶合金の作成を試みました。
その結果辿り着いたのが、Ti75.25Al20Cr4.75という組成の合金です。この合金は、7.3%の変形から元の形に戻る性質があり、密度は4.36g/cm3です。普及しているニッケル-チタン合金とほぼ同等の超弾性を示しながら、密度は約7割という軽量さを実現しています。

さらに今回のチタン-アルミニウム-クロム合金は、超弾性を示す温度幅が極めて広いという特徴があります。
元の形に戻る事が可能な変形度合いが少なくとも5%である温度範囲は、ヘリウムの沸点に匹敵する-269℃ (4.2K) から、水の沸点を超える+127℃ (400K) まで、実に396℃の温度幅に及びます。普及しているニッケル-チタン合金は、同等の性質を示す温度範囲が0℃ (273K) から80℃ (353K) と、80℃の温度幅であることを考えれば、実に約5倍の範囲に及んでいることになります。また、室温を大幅に下回る極低温でも超弾性を示す点も、非常に優れています。
様々な用途が期待されるチタン-アルミニウム-クロム形状記憶合金
今回開発されたチタン-アルミニウム-クロム形状記憶合金は、次のような用途が考えられます。
まず、超弾性を示す温度は、月や火星の表面温度の範囲内に収まります。例えば、探査車のタイヤに今回の合金を使用すれば、破損しにくいタイヤとなる事が期待されます。宇宙に打ち上げる物体の課題である重量の制約も、今回の軽量な合金ならば満たしています。
次に、水素社会の実現に貢献する可能性があります。
水素はクリーンエネルギーとなる可能性を秘めているエネルギー源ですが、実現には様々な課題を克服しなければなりません。その1つとして、極低温では、ほとんどの材質が脆く壊れやすくなってしまうため、極低温でのみ存在できる液体水素の貯蔵・輸送に適した材質が見つからないことが挙げられます。今回の合金は、液体水素の温度でも超弾性の性質を失わないため、漏れを防ぐためのシール材としての用途などが考えられます。
さらに、今回の合金のヤング率(変形に関する数値)は、従来のチタン合金と比べて低く、ちょうど人骨に近い値であるという特徴があります。
異なる材料同士を接続する時、ヤング率が近い材質同士であるほど、材質同士が受ける負荷が小さくなります。ヤング率が人骨に近い上、人体に馴染むチタンベースの合金であることも含め、人工骨や人工関節、骨を繋ぎとめるボルトなどへの用途が考えられます。
これらに加え、従来の形状記憶合金が使われている分野でも、今回開発された合金が置き換えられる可能性があります。
チタン・アルミニウム・クロムはどれも比較的安価な元素であり、原料コストはそれほどかかりません。これに加え、製造・導入コストが低いことも期待されます。今回開発された形状記憶合金の製造方法は、現在多用されているチタン合金である「64チタン」の製造方法とよく似ているため、従来の64チタン製造工程にかかる設備・技術・ノウハウを流用できる可能性があります。
製造・導入コストが低いことは、この合金を普及させる上で好材料となるでしょう。
参考文献
●Yuxin Song, et al. "A lightweight shape-memory alloy with superior temperature-fluctuation resistance". Nature, 2025; 638 (8052) 965-971. DOI: 1038/s41586-024-08583-7
●許勝. (Feb 27, 2025) "約400度の温度変化でも超弾性を示す軽量な形状記憶合金を開発 ~宇宙環境や生体用途での利用に期待~". 東北大学.

サイエンスライター
彩恵りり Rele Sice
「科学ライター兼Vtuber」として、最新の自然科学系の研究成果やその他の話題の解説記事を様々な場所で寄稿しています。得意分野は天文学ですが、自然科学ならばほぼノンジャンルで活動中です。B-angleでは、世界中の研究成果や興味深い内容の最新科学ニュースを解説します。