線状降水帯の予報は難しい?

自然災害から暮らしを守る予測技術

目次

    ここ数年、梅雨から秋にかけて、「線状降水帯が発生しました」というニュースを耳にすることが増えました。

    近年では線状降水帯による大雨災害も増え、全国各地で深刻な被害が報告されています。

    線状降水帯は、発生メカニズムが完全には解明されていないため、予測が困難な気象現象です。

    気象庁は、線状降水帯の予測精度向上に向けた技術開発にオールジャパンで取り組んでいます。

    この記事では、近年急に耳にすることが増えた線状降水帯とはなにか、その災害リスクと、スーパーコンピュータやAI活用によって研究が進められている予測技術の今後の展望について紹介します。

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    ただの大雨じゃない?線状降水帯とは

    ひとくちに雨と言っても、その強弱や降り方、降る季節などによってさまざまな種類に分類されています。

    気象庁のホームページでは雨に関する用語が細かく定義されており、たとえば長雨は「数日以上続く雨の天気」、大雨は「災害が発生するおそれのある雨」、集中豪雨は「同じような場所で数時間にわたり強く降り、100mmから数百mmの雨量をもたらす雨」と説明されています。

    そして、線状降水帯は「次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなした、組織化した積乱雲群によって、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される、線状に伸びる長さ50~300km程度、幅20~50km程度の強い降水をともなう雨域」と定義されています。*1

    線状降水帯は文字通り、線のような形状をした降水帯のことで、長時間同じ場所に停滞することで、時には災害級の大雨を降らせます。

    次の図1は、2020年(令和2年)7月に九州地方で発生した線状降水帯の例です。 *2

    図1:線状降水帯の例
    図1:線状降水帯の例
    出所)気象庁「予報が難しい現象について (線状降水帯による大雨)」
    https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yohokaisetu/senjoukousuitai_ooame.html


    図1の線状降水帯の影響で、熊本県では3時間に約200〜300mmを超える雨量となりました。

    記録的な大雨となった九州地方では、球磨川や筑後川などの大河川の氾濫が相次ぎました。*3

    線状降水帯がどのようにできるのか、その発生メカニズムの一部は、未だに解明されていません。

    現在の研究では、大気の状態や前線の動き、地形などのさまざまな条件が重なることで積乱雲や積乱雲群が線状に形成されると考えられています。(図2)*2

    図2:線状降水帯の代表的な発生メカニズムの模式図
    図2:線状降水帯の代表的な発生メカニズムの模式図
    出所)気象庁「予報が難しい現象について (線状降水帯による大雨)」
    https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yohokaisetu/senjoukousuitai_ooame.html

     
     

    線状降水帯が引き起こす災害リスク

    気象庁の統計では、1995年から2009年に発生した台風・熱帯低気圧を除いた集中豪雨事例のうち、64.4%が線状降水帯によるものです。(図3)*4

    図3:集中豪雨例の形状別の発生数
    図3:集中豪雨例の形状別の発生数
    出所)大阪管区気象台 気象防災部「線状降水帯による大雨の発生と予測に関する 取組の強化 ~令和5年度出水期の改善~」 p.8
    https://www.kkr.mlit.go.jp/river/iinkaikatsudou/mediacooperation/or2riv000000cdbx-att/08senjyo.pdf


    気候変動の影響もあり、近年国内では線状降水帯による集中豪雨、すなわち災害リスクが増加しています。

    気象研究所が1976年から2020年の45年分のアメダスデータを集計した結果、集中豪雨の発生頻度は約2.2倍となっていることがわかりました。

    月別でみると7月の発生頻度が約3.8倍となっており、梅雨時期の集中豪雨が顕著に増加していることがわかります。*5

    線状降水帯という言葉がテレビのニュースなどで頻繁に使用されるようになったのは、2014年8月に発生した広島市安佐南区、安佐北区を中心とした集中豪雨以降と言われています。*6

    ここ10年では、線状降水帯による豪雨災害が毎年のように全国各地で発生しています。

    福岡県では、2017年から2020年まで4年連続で豪雨・大雨災害に見舞われており、全国で唯一「大雨特別警報」が4年連続で発表されました。

    大雨特別警報とは、警報の発表基準を超える、これまでに経験したことのない数十年に一度の大雨が予想され、重大な災害の危機が迫っているときに最大級の警戒を呼びかけるための警報です。*7

    2017年に発生した九州北部豪雨では、停滞した梅雨前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込み、線状降水帯が形成されました。

    福岡県と大分県では猛烈な雨が何時間も降り続く記録的な大雨となり、各地で土砂災害を引き起こしました。(図4)*8

    図4:土砂災害の被害状況
    図4:土砂災害の被害状況
    出所)内閣府防災情報のページ「2017年(平成29 年) 九州北部豪雨」 p.4
    https://www.bousai.go.jp/kaigirep/houkokusho/hukkousesaku/saigaitaiou/output_html_1/pdf/201701.pdf


    土石流や崖くずれなどの土砂災害が合計307件発生し、死者39名の人的被害と家屋の全半壊や床上浸水などの深刻な被害が報告されています。*8

    このように線状降水帯は、私たちの生活や命を脅かすような、甚大な自然災害を引き起こします。


    線状降水帯を予測する最新技術

    線状降水帯は予報が困難であることから、住民の避難や防災対応が遅れ、被害を拡大させる恐れがあります。

    なぜ、線状降水帯は予報が難しいのか、それには3つの理由があります。

    まず1つ目は先述の通り、線状降水帯の発生メカニズムが未解明であることです。

    2つ目は、線状降水帯周辺の大気の3次元分布が正確にわかっていないことです。

    線状降水帯に流れ込む水蒸気量や大気安定度、各高度の風などの線状降水帯周辺の大気の階層構造が把握できる観測データは、現在の技術では十分に収集することができません。

    そして3つ目は、警報、注意報、天気予報などに利用される現行の数値予報モデルは解像度が十分ではなく、課題があることです。*2

    気象庁では、豪雨や台風の予測、予報情報精度を大幅に向上することなどを目的に「2030年に向けた数値予報技術開発重点計画」を策定し、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」を活用した「線状降水帯予測スーパーコンピュータ」を稼働しています。*9

    高い計算能力を持つ「富岳」によるリアルタイムシミュレーションでは、一部過大な予測はあるものの、実際の降水により近い強雨域を再現することが可能です。(図5) *10

    図5:「富岳」リアルタイムシミュレーション実験による線状降水帯の予測
    図5:「富岳」リアルタイムシミュレーション実験による線状降水帯の予測
    出所)気象庁「Ⅱ 線状降水帯による大雨災害の被害軽減に向けて」
    https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/hakusho/2023/index3.html


    また2024年5月から、予測モデルの強化によって、線状降水帯による大雨の可能性が高い地域への呼びかけを、これまでの地方単位から府県単位に絞り込むことが可能になりました。

    半日程度前から呼びかけることで、夜間に集中豪雨の可能性が高いと予報された場合でも、明るい時間に避難することができます。*11

    さらに、2029年には次期静止気象衛星が運用開始予定で、市町村単位での危険度が半日前から把握可能になる予定です。*12

    気象庁では、線状降水帯発生の可能性を事前に知らせる情報とは別に、発生した線状降水帯による災害の危険性が急激に高まっていることを知らせる「顕著な大雨に関する気象情報」も発表しています。

    2023年からこれまでの発表タイミングより30分前倒して発表する運用が始まっていますが、余裕を持って避難できるように、2028年度には2〜3時間前に発表することを計画しています。(図6)*12

    図6:線状降水帯の予測精度向上に向けた取組(情報の改善)
    図6:線状降水帯の予測精度向上に向けた取組(情報の改善)
    出所)気象庁「気象庁の水害対策(線状降水帯の予測精度向上と地域防災支援に向けた取組)」
    https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jma_suigai/jma_suigai.html


    また、気象庁は理化学研究所革新知能統合研究センターと共同で、AI技術を用いた気象予測の研究も実施しています。

    その研究の一つとして、線状降水帯のメカニズム解明に必要な水蒸気量の観測データに含まれるノイズを取り除く、AIを活用した新しい処理方法を開発しています。(図7)*13

    図7:AI技術によりノイズを除去する手法
    図7:AI技術によりノイズを除去する手法
    出所)気象庁「気象観測・予測への AI 技術の活用に向けた共同研究の成果について」p.3
    https://www.jma.go.jp/jma/press/2306/30b/20230630_ai.pdf


    従来手法と比較して30%を超える精度改善の成果が得られたことから、今後は気象レーダーや衛星の観測データなどに対する応用可能性を検討していく予定です。


    線状降水帯の大雨災害から命を守るには

    気象庁は、大雨による災害発生の危険度の高まりをリアルタイムで確認できる「キキクル」というサービスを提供しています。

    キキクルはインターネット検索から利用可能で、自宅や職場など身の回りに雨による災害の危険が迫っていないかをチェックできます。(図8)*14

    図8:雨による災害の危険度を地図上にリアルタイム表示
    図8:雨による災害の危険度を地図上にリアルタイム表示
    出所)気象庁 佐賀地方気象台「使おう!キキクル」
    https://www.jma-net.go.jp/saga/shosai/hukyu_keihatu/kikikuru/leaflet_1.jpg


    危険度が色分けして表示されるので、自主避難を検討する際の判断材料として活用することができます。

    2024年7月、気象庁長官がおこなった会見では、線状降水帯予測の的中率が当初想定した25%を下回り、7%と低迷していることを受け、今後も予測制度の向上を目指して検証を進めていく考えが示されました。*15

    気象庁長官の「(予測率の低迷によって)オオカミ少年とみられてしまい、マイナス効果のおそれもある」という発言にもあるように、予報が外れることが増えることで危機感が薄れてしまい、必要なときに避難ができなくなってしまうかもしれません。

    線状降水帯は現状では精度の高い予報が難しいのですが、発生すると生活基盤を揺るがす可能性のある気象現象であることも事実です。

    たとえ予報が空振りであっても命を守るために必要な情報であると受け止め、「また外れるかも」「どうせ今度も大丈夫」などと思わずに、一人一人が危機意識を持ち続けなければなりません。

    災害や気象に関する情報を取捨選択し、適切に避難するためには、線状降水帯の特性やリスクについて正しく理解することも重要になるでしょう。


    参考文献

    *1

    出所)気象庁「天気予報等で用いる用語 降水」

    https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yougo_hp/kousui.html

     

    *2

    出所)気象庁「予報が難しい現象について (線状降水帯による大雨)」

    https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yohokaisetu/senjoukousuitai_ooame.html

     

    *3

    出所)気象庁「令和2年7月豪雨  令和2年(2020年)7月3日~7月31日 (速報)」

    https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/2020/20200811/20200811.html

     

    *4

    出所)大阪管区気象台 気象防災部「線状降水帯による大雨の発生と予測に関する 取組の強化 ~令和5年度出水期の改善~」 p.8

    https://www.kkr.mlit.go.jp/river/iinkaikatsudou/mediacooperation/or2riv000000cdbx-att/08senjyo.pdf

     

    *5

    出所)気象研究所「集中豪雨の発生頻度がこの45年間で増加している~特に梅雨期で増加傾向が顕著~」 p.1

    https://www.mri-jma.go.jp/Topics/R04/040520/press_release040520.pdf

     

    *6

    出所)神戸市「線状降水帯と顕著な大雨に関する情報」

    https://www.city.kobe.lg.jp/a70034/kisyoutopics2.html

     

    *7

    出所)福岡県「4 年連続で発生した豪雨・大雨災害 からの復旧・復興について」p.;13

    https://www.pref.fukuoka.lg.jp/uploaded/life/591148_60865567_misc.pdf

     

    *8

    出所)内閣府防災情報のページ「2017 年(平成 29 年) 九州北部豪雨」p.2  p.3 p.4

    https://www.bousai.go.jp/kaigirep/houkokusho/hukkousesaku/saigaitaiou/output_html_1/pdf/201701.pdf

     

    *9

    出所)Science Portal「線状降水帯シミュレーションを全国で実施 気象庁、「富岳」活用して予測精度向上へ」

    https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20230727_n01/

     

    *10

    出所)気象庁「Ⅱ 線状降水帯による大雨災害の被害軽減に向けて」

    https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/hakusho/2023/index3.html

     

    *11

    出所)気象庁「線状降水帯による大雨の半日程度前からの呼びかけの新たな運用について~府県単位での呼びかけを開始します~」

    https://www.jma.go.jp/jma/press/2405/15a/20240515_senjoukousuitai_kaizen.html

     

    *12

    出所)気象庁「気象庁の水害対策(線状降水帯の予測精度向上と地域防災支援に向けた取組)」

    https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/jma_suigai/jma_suigai.html

     

    13

    出所)気象庁「気象観測・予測への AI 技術の活用に向けた共同研究の成果について」

    https://www.jma.go.jp/jma/press/2306/30b/20230630_ai.pdf

     

    *14

    出所)気象庁 佐賀地方気象台「使おう!キキクル」

    https://www.jma-net.go.jp/saga/shosai/hukyu_keihatu/kikikuru/leaflet_1.jpg

     

    *15

    出所)NHK「線状降水帯予測"的中率7%と低迷"検証進める考え 気象庁長官」

    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240717/k10014514311000.html

    画像

    フリーライター

    石上 文 Aya Ishigami

    広島大学大学院工学研究科複雑システム工学専攻修士号取得。二児の母。電機メーカーでのエネルギーシステム開発を経て、現在はエネルギーや環境問題、育児などをテーマにライターとして活動中。

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