「ヒゲワシ」の巣から数百年前の工芸品を多数発見 約670年前の草履も
生態学的・生物文化的研究への応用も示唆
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猛禽類の巣は何年も使われ続ける傾向にあり、時には数百年を超えるケースもあります。長期使用の結果、巣には様々な古い遺物が残されることになります。
IREC (狩猟および野生生物研究所) のAntoni Margalida氏などの研究チームは、スペイン南部にある「ヒゲワシ (Gypaetus barbatus)」の巣の中を調査したところ、古い時代の工芸品を数多く見つけました。
最も顕著な例として、約670年前に作成された、完全な状態で見つかった片方の草履 (アゴビア) があります。
数百年に渡って自然物・人工物を溜めこむ猛禽類の巣は、周辺地域の自然環境やヒトのコミュニティの変遷を知る手掛かりになることが予想されます。

猛禽類の巣は時には数千年間も使われる!
多くの鳥類は、1年ごとに新しい巣を作る傾向にあり、別個体・別種の古い巣を再利用することはあるものの、基本的には使いまわしは想定されていません。
しかし猛禽類は例外です。
特定の縄張りに定着する一方、巣を作るのに適した環境が少ないため、数年以上に渡って同じ巣を使い続けます。このため他の鳥類と比べ、猛禽類の巣は、世代を超えて古い巣を使い続けることもあります。
巣の材料となった植物や、猛禽類の糞に含まれる有機物で放射性炭素年代測定をしてみると、信じられないほど長く使われた巣が見つかります。
最も長い例では、グリーンランドのシロハヤブサ (Falco rusticolus) の巣が、少なくとも2500年間同じ場所で使われていた痕跡が見つかっています。
北米西部では、イヌワシ (Aquila chrysaetos) の巣の材料に500年前の枝が見つかり、カナリア諸島のエジプトハゲワシ (Egyptian vulture) では、西暦1900年から2015年にかけて同じ巣が使われたことが連続的に記録されています。
ところで、巣の材料には、草や枝のような自然物だけでなく、ビニールや布切れのような人工物が使われていることもあります。
巣が修復されながら、何百年にも渡って使われ続けることを考えると、巣に織り込まれた人工物も古いものである可能性があります。
674年前の草履を含む多数の古い品を発見!

IRECのAntoni Margalida氏などの研究チームは、「ヒゲワシ」の巣を対象に研究を行いました。
ヒゲワシはかつてヨーロッパの山岳地帯に広く分布していましたが、現在では、確認されているつがいが309組になるまで減少しており、絶滅が危惧されています。
Margalida氏らは2008年から2014年にかけて、スペイン南部にあるヒゲワシの巣を調査しました。
この地域のヒゲワシは70年前から130年前にかけて絶滅し、姿を消していますが、巣は比較的保存状態が良いまま残されています。周辺地域の乾燥気候と、巣そのものが雨に当たりにくい洞窟にあるためです。
そこで今回は、保存状態の良い50個以上の巣を調査し、その中の12個から採集された残留物を分析しました。

巣の中の残留物の大半は、ヒゲワシが食べていた獲物の骨でしたが、一部に蹄、皮膚、毛髪なども見つかりました。
また、残留物の約9%に当たる226点は、自然物に人為的な加工をした痕跡が見つかり、一部は高度な加工をした工芸品も含まれていました。
例えば草 (アフリカハネガヤ) を編んだスリングショット (パチンコ) 用の紐、クロスボウの先端、木製の槍、染料での装飾がある羊皮、籠の断片、更には完全な状態の片方の草履 (アゴビア) までみつかりました。
これらの古い人工物の一部について、放射性炭素年代測定を行ってみると、年代に幅こそあるものの、かなり古い時代のものがいくつも見つかりました。
例えば、籠細工は151年前、羊皮は651年、草履は674年前 (いずれも誤差は±22年) に、これらを作るための材料が採集されたことが判明しました。
猛禽類の巣が数百年の歴史を調べる手掛かりを提供する?
今回調査されたヒゲワシの巣は、修繕する者がいなくなってから100年ほど経過しても良い状態で保存されていました。
そして獲物の捕獲や巣の修繕を通して、周辺地域の様々なものを収集した結果、図らずもヒゲワシの巣は "博物館" のような状態となっています。
このような多数の "収蔵品" を通じて、いろいろな研究ができる可能性を示しています。
一番わかりやすいのは人工物です。
600年以上前の工芸品という歴史的・民俗学的な知見から興味深いのはもちろんのこと、人工物は人間の暮らす場と密接であることから、ヒゲワシと、家畜を含めたヒトのコミュニティがどのように接していたのかを示唆する情報を含んでいるかもしれません。
また、人の手が加わっていない自然物も重要です。
巣の材料に使われた植物や、獲物の残骸である骨は、ヒゲワシの巣の周辺にどのような動植物が棲息しているのかを示す物証となります。動植物の種類から、当時の気候や環境を推定する手掛かりにもなるでしょう。
さらに、ヒゲワシのものとみられる卵の殻も重要な手掛かりです。
先述の通り、ヒゲワシはヨーロッパ全域で絶滅危惧種であり、今回調査したスペイン南部では地域的に絶滅しています。
その理由は複合的ですが、かつて使われていた有機塩素系の農薬が代表的な理由の1つとして指摘されており、これらの農薬は卵殻の厚みを減少させる影響が観察されています。
この影響から、使用が制限・禁止された農薬も少なくありません。
ヒゲワシの巣に残された古い卵殻には、厚さの変化だけでなく、農薬などの化学的残留物という別の手掛かりが残されているはずです。
卵殻という物証により、どの物質がどの程度影響を及ぼしているのか、農薬成分の規制の妥当性を検証する比較毒性学的な研究を行えるようになるでしょう。
今回の研究により、猛禽類の巣には、様々な研究へと派生することのできる多くの物証が残されていると推定されています。
今回の研究手法は、エジプトハゲワシのような他の猛禽類の巣にも応用が広がる可能性があります。
【参考文献】
Antoni Margalida, et al. "The Bearded Vulture as an accumulator of historical remains: Insights for future ecological and biocultural studies". Ecology, 2025; 106 (9) e70191. DOI: 1002/ecy.70191Krystal Kasal. (Oct 2, 2025) "Bearded Vulture nests found to have hoards of cultural artifacts--some up to 650 years old". Phys.org.

サイエンスライター
彩恵りり Rele Scie
「科学ライター兼Vtuber」として、最新の自然科学系の研究成果やその他の話題の解説記事を様々な場所で寄稿しています。得意分野は天文学ですが、自然科学ならばほぼノンジャンルで活動中です。B-angleでは、世界中の研究成果や興味深い内容の最新科学ニュースを解説します。


